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 皇居 乾通りの通り抜け

皇居 乾通りの通り抜け

 東京に出る機会があったので、現在解禁されている皇居乾通りの通り抜けに行って来ました。まずは東京駅丸の内。すごいビルが乱立してきました。東京駅の赤レンガの造りはいつ見てもいいと思います。ここから背後の方角に皇居がありますが、今いる場所もいい広場(通路)になりました。日本の表玄関というにふさわしい。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 入り口のお掘り。石垣とビルが素晴らしい対比です。このお掘りの左側、ビルに沿って日比谷通りが通っています。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 乾門だと思って入ったのですが、後で調べたら坂下門でした。コースとしては合ってるのですが不思議でした。確か、東南の方角にある門なのに何故乾門なのかと。乾は北西、戌と猪方角すなわち10時と11時の方角と思っていたからです。そこで調べてみました。「東西南北の他に、北東を「艮」、南東を「巽」、南西を「坤」、北西を「乾」という。このうち、「乾」の方角が日本では「戌(いぬ)=西北西」と「亥(い)=北北西」の中間であるため「いぬい」と呼んだのが由来だ。」そうです。それでここから乾通りを真っ直ぐ行くと北西の乾門に出る。納得。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 厳しい(?)持ち物検査のあと、入ります。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 最初の建物がかの有名な宮内庁。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 「局門」だそうです。この更に奥に天皇陛下がおられるとか。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 乾通りの右側に沿って大きなお掘りがあります。 この石垣の向こうにあの有名な『松の廊下』あとが。浅野内匠頭と吉良上野介の場面が目に浮かびます。そのさきにかの有名な『大奥』があったそうな。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 桜はこの程度ですかね。 庶民の公園では花曇りみたいな言葉が浮かぶような桜ですが、皇居は品が良くぱらぱらですね。それに少し老化が入っているかも。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 いかがですかこの感じ。江戸城という感じでしょう。『大奥』はこの奥でしょうか。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 『門長屋』だそうです。八丁堀同心がでてきそうな。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 この堀は先程の堀とは反対側にあります。『道灌濠』だそうです。あの江戸城を建てた太田道灌がつくったからの名前でしょうね。私もそうでしたが、他の観客もこんなところにも堀があるんだと言ってました。ここは確かにトンボがいそうですね。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 やっぱり江戸城には松がよく似合います。この濠は最初見た濠です。この濠に沿って進んでいます。この向こうあたりに天守閣がありました。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 いい感じでしょう。

2025年4月4日

皇居 乾通りの通り抜け

 最後の写真はぐるっと回ってきた天守閣のあとです。 江戸城に天守閣があったことを知らない人が多いですね。質問するとそう言えばと首をかしげます。私は知っています。随分前に調べました。江戸幕府の最初ころの江戸の大火、有名な『ふりそで火事』で焼けたそうです。何度か移築されて最後はここにあったのですが、戦で攻められることはないと再建されなかったようです。『江戸城天守閣復元プロジェクト』を立ち上げようかと、友人と話しています。

2025年4月4日