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 ブログ 2024年

富士の雲海(撮影日2024年10月20日)(YouTube)


富士山富士宮口6合目で彗星の撮影をしたときの雲海です。その時の情況は11月25日のブログに書いていますのでみてください。 YouTubeに投稿していたんですが、まだこのブログで紹介してなかったので見てください。
  ここをクリックして見てください。
  

         2024年11月27日



赤蕎麦と赤富士のコラボ

 何をブログに掲載したかよくわからなくなっていますので、思い当たるものを掲載することにしました。 『紫金山・アトラス彗星水星』なんですが西伊豆で撮影したものがまだ紹介していませんでした。 それは近い内にブログにしたいと思っています。 そういうこともあり 10月21日撮影のこの『赤蕎麦と赤富士』を先に紹介することとなりました。 実はこの日も彗星の撮影で富士山富士宮口6合目に行ったんです。下界は雲の下のあります。 雲を突き抜け5合目に上ると素晴らしい雲海が広がっておりました。 そういえばこの雲海を動画にしてyoutubeに投稿したんですが、その紹介もしていませんでした。 それも後日、このブログで紹介させてください。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ


日が落ちてしばらくすると見事な『紫金山・アトラス彗星』を見ることができました。
 
 
 

2024年11月25日



赤蕎麦と赤富士のコラボ

 6合目から撮影した富士市付近の夜景です。 夜景の先は駿河湾。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ

 山中湖畔で車中泊。 早朝、日の出前に『花の都公園』に行きました。 このブログでも登場しましたが、この前はキバナコスモスが中心でしたが、今回は赤蕎麦です。 日の出前からの富士山と赤蕎麦を順に鑑賞してください。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ

 富士山が少し明るくなりました。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ

 赤蕎麦が赤く見えます。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ

 富士山に日光があたり赤蕎麦も少し明るく輝き出します。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ

 富士山には完全に陽があたり、赤蕎麦も太陽光の色に。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ

 富士山をアップで。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ

 やがて赤蕎麦にも陽の光が。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ

 目の前まで光が差し込んで。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ

 もう一枚、赤蕎麦と赤富士。 残念ながら東に薄雲がなかったので朝焼けがなく富士山は赤くなりませんでした。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ

 逆光で朝露に輝く赤蕎麦。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ

 帰りはいつもの山中湖の逆さ富士。

2024年11月25日

赤蕎麦と赤富士のコラボ

 もう少し早い時刻だったら気嵐が見られたんですが、もう殆ど消えていました。

2024年11月25日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 以前から行きたかった「トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園」に行ってきました。 これは埼玉県飯能市に1997年につくられた公園です。すぐ近くにムーミンバレーパークが併設されています。そちらはムーミン劇場みたいな出し物があって子どもたちが喜ぶ施設ですが、私のような老人は公園だけのこの施設です。 /p>

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 公園との関係は無いんですが、近くに不思議な場所を見つけました。 なんだと思いますか。このあとの3枚から推定してみてください。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 この写真でわかりますかね。そうですレストランなんです。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 昼食時間だったので入りました。 こんな場所で客が並んでいるんですから。 たしか「Hot Pot」という名前だったと思います。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 恐ろしい感じですが入りますよ。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 えーっ!雰囲気が違う。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 こんな室内で魅力的です。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 ハンバーグ定食を食べました。1000円でおいしかったなあ。 雰囲気最高。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 いよいよ公園へ。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 奥に『きのこの家』が見えます。 メタセコイアの紅葉が始まってますが、これからという感じでしょうか。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 子どもが小さい頃よくテレビで見ましたがそんなに詳しくはありません。ですがなんとなく惹かれるんです。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 私が書くより見ていただくのがいいでしょうね。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 きのこの家に入りますよ。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 これは地下ですが、想像したものより広いです。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)


部屋からの景色です。
 
 
 

2024年11月16日



トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 3階くらいあるんでしょうか。夢が膨らみます。内部を私の写真で想像してみてください。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 小さなムーミンの部屋です。 子どもははいれます。 ネットを見せるより、よりこんなところで子どもを育てたいですね。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)

 上から公園を見ます。

2024年11月16日

トーベヤンソンあけぼの子どもの森公園      (ムーミンの森)


ここまでです。 楽しかったです。
 
 
 

2024年11月16日



彼岸花(10月5日撮影)

 いきなり気温が下がって真夏から冬になってしまいました。この彼岸花の写真も季節とは合わなくなってしまいました。 我慢して見てください。 ここは我が大磯と隣町二宮町の間くらいにある県立(?)試験場跡地の公園です。このエリアはそれほど広くないですが、彼岸花が美しいのでいってまいりました。 

2024年10月30日

彼岸花(10月5日撮影)

 白の彼岸花。

2024年10月30日

彼岸花(10月5日撮影)

 真っ赤なのも素晴らしいです。

2024年10月30日

彼岸花(10月5日撮影)

 まあ、しばし鑑賞してください。

2024年10月30日

彼岸花(10月5日撮影)

 いいですよね。根に毒があるので嫌われている所もあるようですが、私は大好きです。

2024年10月30日

彼岸花(10月5日撮影)

 あっという間に開花してあっという間に終わってしまいました。今、季節外れのいろんな花が売ってありますが、この花だけは時期を外すと手にはいりません、 季節を感じさせてくれる花でした。

2024年10月30日

黄花コスモス

 少し遡って写真の整理をします。これは9月13日の撮影です。この写真は見たよと言われると思いますが、このブログで7月31日に紹介したものと同じ場所です。 実はそばの花と富士山を撮りたかったんです。真っ白い蕎麦の花と富士山の写真がネットで紹介されていたんです。それで決心して出かけようとしました。 念の為と思い、写真に関係した農協に電話しました。 『もう蕎麦はつくってないんですよ。』 ガーンって感じ。 そこで思いついたのが山中湖の『花の都公園』です。もしかしてあるかもと出かけました。 その途中で通過する新東名の工事現場です。

2024年10月24日

黄花コスモス

 7月31日の写真と見比べてください。今、まさに繋がろうとしています。

2024年10月24日

黄花コスモス

 そして花の都公園です。コスモス畑です。少し花が少ないような。

2024年10月24日

黄花コスモス

 百日草です。今はこの花の最盛期です。

2024年10月24日

黄花コスモス

 もう一枚。

2024年10月24日

黄花コスモス

 おまけ。

2024年10月24日

黄花コスモス

 冬用のひまわりですね。 このあと開花します。 珍しいでしょう。

2024年10月24日

黄花コスモス

 そば畑です。まだこんな発芽したばかり。残念です。

2024年10月24日

黄花コスモス

 富士山も恥ずかしそうにして顔をだしてくれません。

2024年10月24日

黄花コスモス

 そして題名のキバナコスモス。

2024年10月24日

黄花コスモス

 アップでこんな感じです。

2024年10月24日

黄花コスモス

 最後にキバナコスモスと富士山。雲の富士山です。

2024年10月24日

中秋の名月

 昨夜は中秋の名月です。満月より一日早いですがこの付近にまんまるな月が昇ってくるはずです。 三浦半島です。月の出は17時24分の予定。 この地上の景色を合わせて撮ろうとまちかまえました。

2024年9月18日

中秋の名月

 待てど昇って来ません。いつもそうなんです。地上に薄い雲があって、そこを越えないと顔を出してくれないのです。 17時32分。8分遅れで顔を出してくれました。

2024年9月18日

中秋の名月

 これが17時36分です。いつ見ても美しいです。

2024年9月18日

中秋の名月

 振り返れば富士山の影絵です。全天雲なし。左側に伸びる雲の影が青い直線になっています。一番星みーつけた。 一番太い青い影の中に金星が写っていますが見えますかね。

2024年9月18日

中秋の名月

 月の道を撮って見ました。海岸の松の枝が少し邪魔しています。

2024年9月18日

中秋の名月

 もう一度富士山のシルエット。稜線がきれいです。

2024年9月18日

白洲次郎邸

 白洲次郎邸に行ってきました。 きっかけは友達間で交わしているメールの中に、吉田邸の近くに白洲次郎邸はあるのかという質問でした。 私も前からそれが疑問だったんです。吉田茂と重要な関係にあったのだから近くに住居があってもおかしくないのに、その情報がないのです。 いい機会だと調べてみたら、東京の町田市にあることが判明。 車で1時間ほど。これは行かにゃなるまい。 こういう機会に出かけないと家にこもり過ぎ、ということで、さあ出発。 これはパンフレットです。細かい部分はおいておいて、薄く描かれた地図をみてください。左下に駐車場があり。細い道を行くと木製の階段。それをあがったところが白洲邸です。左側に門がみえます。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 駐車場から裏道を歩きます。 太平洋戦争が始まった時から日本は負けると確信して、この農家を買い取り、家の改造や畑を耕したりしはじめたそうです。 NHKでドラマ化されたようですが見なかったので、あまり理解していないかもしれません。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 階段を上がるとこれが屋敷です。この後ろが大きな道につながっているので、白洲次郎はこの後方から自宅に入ったのでしょう。 左の建物が、カフェとなっていますがテーブルが置かれているだけです。農機具を置くような建物だったんでしょう。 真ん中が正門で、右に建物が続きます。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 左のカフェという建物(小屋)に無造作にこの車が展示されています。 17歳の時に親からもらった車だそうで、NHKのドラマを作成するために英国から取り寄せたそうです。 その後はベントレーにかえて、吉田茂のところにそれで駆けつけたとか。したがってテレビに登場した車はこの車そのものなんです。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 門をくぐると巨大な柿の木があります。実は非常に小さいですが、何か惹きつける大木です。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 門の右側にある納屋を改造した建物がバーとして使用されていました。建物の下が農機具置き場になっており階段を上ると入口があります。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 この看板がついています。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 この階段の左側に秋の草花が生けられてありました。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 この窓ガラスも素晴らしい。感動ものです。 当時としては新しさを感じさせるものだったのでしょうが、それを感じさせないように古い柱と融合しています。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 小さな部屋ですがギャラリーがあり右奥に小さなバーです。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 この部屋がバーでこの扉の奥は2畳程度の支度室のようなものがありました。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 扉の右のバーカウンター。 どうなんでしょうか、白洲次郎がカウンターの向こうでカクテルをつくり、正子が飲みながら次郎と話していたのかな。 自分の信じた原則(プリンシプル)には忠実で、プリンシプル、プリンシプルと毎日うるさかったそうです。 『正子、それこそプリンシプルだ!』と言ってる声が聞こえますね。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 続く建物がレストランになっていますが、多分当時も食堂にしていたものだと思います。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 これがそれでレストランです。『武相荘』です。 この漢字は以前見たことがありました。 ただ、『ブソウソウ』だと思っていました。ここは武蔵の国と相模の国の県境にあったので、この名前をつけたのですが、読み方は『ブアイソウ』だそうです。なんとなく気持ちがわかります。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 ちょっと角度を変えて撮影です。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 入ったところの土間。切り株が埋めてあります。 朝ドラ三淵嘉子の小田原の甘柑荘と同じだと思いました。甘柑荘をつくったのが三淵忠彦(1880~1950)ですから同時代に造られたんでしょう。 二人は交流があったのではと想像させる土間でした。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 レストランの四方の壁の上にいろんなものが飾られています。しばしご観覧を。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 

2024年9月14日

白洲次郎邸

 

2024年9月14日

白洲次郎邸

 

2024年9月14日

白洲次郎邸

 

2024年9月14日

白洲次郎邸

 

2024年9月14日

白洲次郎邸

 レストランの奥が厨房ですが、その手前に廊下があり、レストランの小さな部屋に続いています。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 奥の部屋です。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 奥の部屋の前はウッドデッキです。 いい季節には外のほうが魅力的でしょう。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 さて、食事です。 これがメニューです 子どもの時、知り合いがつくってくれたという思い出の親子丼。おじがシンガポールの友人にごちそうになり、気に入ってレシピーをおそわってきたというカレー。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 はーい。カレーです。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 親子丼です。 美味しかったですよ。 ただ最近、減塩料理が多いので少し味が濃かったかな。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 そして本館。ミュージアムになっていて資料が展示されています。まさにこの古民家を改造して楽しみました。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 此処から先が肝心なんですが、ご紹介できないんですね。 撮影禁止だ。 引き戸を開けて受付に入場料を支払いました。 『入口の引き戸を開けた瞬間の写真を一枚だけ撮らせていただきませんか?』『お断りしております!』 『ーーーー。(さすがこの家は無愛想だ。)』 ということで、終わっあと、外のガラス窓から内部を盗撮。 ガラスが光って見えないですね。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 これは少し見えますね。当時の食器類です。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 これも少し見えます。この写真の右側が食器類など生活用品の展示です。左の奥が正子の部屋だと思います。蔵書がぎっしり並べてありましたが、その中で奈良の写真集みたいなものが多かったと感じました。正子って何をした人と聞かれるのですが、いろいろやったひとです。 早くから能をやったと書かれていますが、一番は小説なんですかね。 左手前が小さな部屋です。5-6畳でしょうか。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 この部屋です。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 入口すぐのところが撮影できなかったので、パンフレットの小さな写真を拡大しみました。こんなイメージですが、今はだいぶん変更されているようです。 一番有名な(私の中では)トイレットペーパーも展示されていました。ご存知だと思いますが説明します。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 これが生活用品の部屋だと思いますが、これを見ながら聞いて下さい。 吉田茂がサンフランシスコ講和条約締結と国連演説の為に渡米します。白洲次郎、お前も同行してくれ。米国のホテルに入ってくつろいでいる時に、吉田茂が演説原稿を次郎にチェックしてくれと見せます。 見た途端、白洲次郎怒髪天を突く。こんな字でしたか。 『馬鹿野郎!これは完全にプリンシプルを逸脱しておる!』『そもそも我々はサンフランシスコ講話条約締結に来たんだ。締結とは対等の関係で結ぶものだ。それがプリンシプル。それなのになんだこれは!』

2024年9月14日

白洲次郎邸

 長くなるので次の写真にうつりました。正子の書斎です。ここに奈良関係の本が多くありました。 『なんで英語なんだ! 我々は日本人! 即刻日本語に書きなおせ! そのうえなんだ、この文章は。官僚が書いたこの文章は、米国に対する媚びへつらいばかり! すぐに巻き紙を探せ! 多少、文章がおかしくても奴らはほとんど理解できない!』ということで徹夜で書き直し、国連演説を乗り切りました。 ここに陳列されていましたが、それはきちんとした巻き紙でした。字は下手くそで、慌てていたのがよくわかります。 外国の記者が『あれはトイレットペーパーだよ!』。これが有名なトイレットペーパー事件です。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 裏の散策路です。あまり広くはありません。

2024年9月14日

白洲次郎邸

 途中にあった『セッコク』です。今、セッコク栽培にチャレンジしているので写真を撮りました。以上でおしまいにします。長々とありがとうございました。

2024年9月14日

上野動物園の巻

 毎年見に行く日本画の院展。今年もです。上野動物園と書いたのにこんなのがいたのかい。 パンダ見に行ったんじゃないの? いきなりこれでは驚きますね。 上野駅から動物園に向かう途中で出くわしました。 東京芸大のイベントです。

2024年9月8日

上野動物園の巻

 東京芸大すごいですね。こんなねぶたのようなものが何基もあるんです。 美術とか音楽とかいろんな部門が寄り集まってこんなことを毎年やっているようですが、何でもできますね。

2024年9月8日

上野動物園の巻

 もう少し見ていきたいのですが、時間がないので動物園に。 念の為にパンダには行っていません。 ミーハーと見られたくないので。

2024年9月8日

上野動物園の巻

 公園の地図です。相当広いです。 ここに来たのは40年前くらいでしょうか。 この動物園がつくられたのが1882年(明治15年)だそうです。

2024年9月8日

上野動物園の巻


動物園の敷地にある寛永寺の五重塔です。前の地図に戻っていただきますと左上の正門を入るとすぐ左にこの塔が見えます。 この地はご存知のように明治初期の上野戦争の跡地です。徳川慶喜を守るために結成された彰義隊と官軍の戦いです。彰義隊が殲滅されたあと、この辺り一帯にあった寛永寺が破壊されました。 跡地は相当荒廃していたことでしょう。その空き地にこの動物園がつくられたので、入り込んだ地形になったのではないでしょうか。  私の推測ですが、荒れ地のまま放置しておくと、いつ明治政府に反感をもった人間が反旗を翻しかねないので、動物園にしたものと思います。
 
 
 

2024年9月8日



上野動物園の巻

 さて動物園です。動物が少ない上、暑さでまいっています。 経費が削減されているのか、動物保護の観点から少なくなっているのか等、いろいろ考えながらの写真撮影です。 この猿の目を見てください。 「こんな檻に入れられたまま死を待つのか。悲しいね」と言ってます。

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「この気持ちわかってくださいよ。」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「それにしてもこの暑さ、やってられないね。」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「文句言っててもしょうがないよ。やることないから食べるだけ。」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「おい、そこの人。この目は何をいってるかわかるか。悲しみながら、怒りでお前を見てるんだよ。」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 怖かったですね。ちょっと目先を変えて美しいピンクで目を休めてください。

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「こりゃ温泉じゃないか。」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「ふん。そんなにジロジロ見るなよ。」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「なんだい。やる気かよ! やる気があれば檻の中に入ってこいよ。」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「青いのは珍しいといっても、葉の影から覗かれたら恥ずかしいよ。覗き趣味のおじいさん。」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「うーん。グウグウグウ。」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「なーんだよう! 舐めるんじゃないよ!」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「うーん? 暑いんだからね。どっかに行けよ!」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「どうだ俺は怒ってるように見えるか。よく見ろよ。口元で笑ってるんだよ。どちらかというとお前を馬鹿にしながらな。」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「ふん。横向いているようだけど、俺はお前をみているんだぜ。」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「この顔、怖いだろ!」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「インスタ映えするには、この顔かな。ネットに載っけるなら、うまく書けよな!」

2024年9月8日

上野動物園の巻

 「なーにわしのところに来るとは珍しいな。置物と間違えて誰もきやしないよ。たまにお前のようなパンダに並べないようなやつだけ俺を見に来るけどな。」  ということで上野動物園でした。

2024年9月8日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 今日の写真は今回最後の訪問地になります旧前田家本邸です。  ご存知のように前田家は旧加賀藩主です。明治17年に侯爵の爵位を授与されます。最初は本郷に邸宅があったのですが、東京帝国大学の拡張工事に伴い、この駒場の農学実習地に移ったようです。  昭和4年から5年にかけて、前田家16代当主前田利為侯爵がここに地上3階地下1階建ての洋館と、これを渡り廊下で結んだ2階建て純日本風の和館を建設しました。 最初はこの和館です。主に外国の賓客をもてなすために建てられたようです。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 門を入り玄関に向かいます。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 玄関から表を振り返った写真

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 約40畳の大広間。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 別角度で。二階は見学できません。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 大広間はこの日本庭園に面しており障子を開けるとこの景色が広がります。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 次は洋館です。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 鉄筋コンクリートつくりで外壁にはタイルが貼られています。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 最初の部屋です。一階は主に来客用、二階はプライベート空間だそうです。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 これが大客室です。隣に小客室があって仕切りをあけるとより大きな部屋になります。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 大食堂です。ここでは晩餐会が開かれ26人が集うことができました。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 二階に上がります。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 書斎です。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 夫人の部屋です。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 小食堂からの眺めです。 これで紹介写真は終了します。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 その後、有名な目黒川沿いの桜並木に。 早咲き桜が咲いていました。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その5 旧前田家本邸

 目的の目黒川の桜です。今年は完全に蕾のまま。 チエッ!とは言いませんでしたが。 目を細めて見てください周りの提灯が桜に見えませんか。  今回の日帰り旅行はここまでです。3月28日の写真でした。  このあとまたブログ掲載まで時間がかかると思います。

2024年8月21日

東京日帰り旅 その3 昼食

 木瓜の花が満開です。 ちょっと脱線ですが、何故、木瓜と書くのか自分が育てて初めて知りました。おおきなウリのような実がなるんですね。びっくりしました。これは昼食場所の入口にあった木瓜の花です。

2024年8月20日

東京日帰り旅 その3 昼食

 これもそこにあったヤツデです。 ヒヨドリが実を食べた瞬間を捉えたので掲載しました。

2024年8月20日

東京日帰り旅 その3 昼食

 本日の昼食。 すみません。少し食べかけの写真です。 オムカレーとコロッケかな。 昼食場所、松本楼と書かれてました。 これも嘘ではなかったんですが騙されました。 日比谷公園の松本楼かと思ったんです。日比谷公園の松本楼は好きな場所です。ちょっと地理的に離れているような気がしていたんです。 やっぱり。 立教大学の横にある松本楼の支店だったんです。

2024年8月20日

東京日帰り旅 その4 赤坂離宮

 気を取り直して赤坂離宮に向かいます。これから掲載する写真は一部の方には送った記憶があります。重複しますが我慢して見てください。 正門です。

2024年8月20日

東京日帰り旅 その4 赤坂離宮

 門を入ると石畳の馬車道が伸びて、赤坂離宮に導いてくれます。

2024年8月20日

東京日帰り旅 その4 赤坂離宮

 横からの写真です。立派ですよね。

2024年8月20日

東京日帰り旅 その4 赤坂離宮

 正面をアップで。

2024年8月20日

東京日帰り旅 その4 赤坂離宮

 反対側に周ります。

2024年8月20日

東京日帰り旅 その4 赤坂離宮

 見事な噴水。普通はこれで紹介は終わるんです。内部撮影禁止。 厳重に警戒されて監視されます。 折りたたみ傘なども入口に預けます。 壁などを叩く行為などを警戒しています。 いつも外側しか紹介していないので。

2024年8月20日

東京日帰り旅 その4 赤坂離宮

 本日は大サービス。 パンフレットからスキャンしました。 これは「朝日の間」です。首脳会談が行われたり、天皇陛下とお別れの挨拶をする格式高い間だそうです。 ルイ16世様式で、シャンデリアは創建時にフランスから輸入されました。天井には朝日を背にして馬車に乗る女神の絵が。この写真からはわかりませんが。

2024年8月20日

東京日帰り旅 その4 赤坂離宮


アンリ2世様式の「花鳥の間」。壁には四季の草花の中で戯れる鳥を表現した30枚の七宝焼が飾られています。
 
 
 

2024年8月20日



東京日帰り旅 その4 赤坂離宮

 「羽衣の間」。「舞踏室」と呼ばれます。歓迎式典や晩餐会に招待された客に食前酒がふるまわれる一番大きな部屋です。天井には屋外にいるかのような大空が描かれています。 日本謡曲「羽衣」の「虚空に花ふり音楽聞こえ、霊香四方に薫ず」という一節があるらしいですが、これを元にフランスの画家が描きました。 今度、賓客のニュースがあったら賓客の顔ではなく、室内の様子を観察してください。 ちなみにトランプ元大統領の時も、ここで歓迎式典が行われたようです。

2024年8月20日

東京日帰り旅 その4 赤坂離宮

 赤坂離宮の最後は、落差が激しいんですが、都会のやせ細った狸でした。このあともう一箇所訪問します。

2024年8月20日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 最初の訪問地、旧古河庭園です。これがその入口。 東京都北区にあります。あまり馴染みがない区ですが、まあ名前通り中心の北側にあると思ってください。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 元は陸奥宗光の邸宅だったが宗光の次男が古河家の養子になったので古川家の所有に移ったそうです。 古川家は財閥解体の前は10大財閥に数えられていました。 古川家と言っても私は古川電気くらいしか知りませんでしたが、古河金属とかみずほ銀行とか有名企業の母体になっているそうです。  大磯にも陸奥宗光の旧邸があります。古川電気の管理下にあったようですが、こういう関係があったのですね。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 これが本館です。英国人の著名建築家の設計だそうです。 建物の内部には今回のツアーでは入りません。 なーんだと思ったのですが、案内書をよくみると旧古河邸庭園と書かれていました。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 建物の前を通り過ぎて奥の方に、正確には建物は北側が玄関になっており、建物の西側にあたりますが、この馬車道があります。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 馬車道を降りていくと左側に日本庭園が開けます。建物の南側です。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 心字池です。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 心字池を回ると上の方に先程の洋館が見えてきます。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 洋館にむけて登って行きます。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 そして洋館。南東側からみた写真です。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 そして南側。最初の玄関の反対側。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 南側にこのバラ園があります。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 バラ園を拡大して。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 もう一枚バラ園。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 建物の横にあった桜です。撮影したのが3月28日。 ここは桜は少ないです。それよりバラ園と紅葉が美しいそうです。

2024年8月19日

東京日帰り旅 その2 旧古河庭園

 日本庭園と洋館を配した旧古河庭園でした。次はどこにいくのでしょう。それはひーみーつ。

2024年8月19日

東京日帰り旅

 またまた久しぶりのブログです。今日、たまたま私のブログの話が出たので、思い出して書くことにしました。 ネタがないかと写真のファイルを探していたら、またまた、日にちを遡って申し訳ありません。今年の3月28日の写真が出てきました。 5ヶ月遅れの日記ですが、お許しください。  誘われて日帰りバス旅行に行ってきました。 どこへ行くかはひーみーつ。  まず東京駅丸の内に集合。丸の内中央口をでま-す。

2024年8月18日

東京日帰り旅

 でたところです。左のビルが本日集合予定の丸の内ビル。 右が新丸の内ビルです。 その間の遠くに見えるのが皇居。

2024年8月18日

東京日帰り旅

 少しアップで撮影。

2024年8月18日

東京日帰り旅

 振り返ります。いま出てきた東京駅。

2024年8月18日

東京日帰り旅

 もう一枚、別アングルで。

2024年8月18日

東京日帰り旅

 そして全体。いつ見ても素晴らしい建物です。レンガつくりの建物には惹かれます。 今日のブログはここまでにします。明日以降にご期待ください。 どこに行くかはひーみーつ。

2024年8月18日

今年の富士山(自宅での撮影)

 年初から撮影した富士山の写真を整理しながら掲載します。出かける元気がないので全て自宅からの撮影写真です。 したがって距離がありアングルも決まっていて、いい写真は撮れていません。(とまあ、まず言い訳しておいて。) 何枚かは今年紹介したブログにすでに掲載したものも重複しています。 これは1月14日の撮影です。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 この時期は空気が澄んでいて毎日のように富士山がみえていました。 この日は夜明けの富士山を撮るためにがんばって早起き(?)してみました。これは1月17日午前6時26分撮影。 日の出が6時50分だったので日の出前の富士山です。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 これが6時41分。日の出直前はブルーモーメントと言って青く写るタイミングがあります。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 そして6時52分。頂上から明るくなります。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 7時02分。富士全体が朝日を反映して赤く色づき、今日も一日頑張りましょうということに。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 1月29日我が家からパール富士が撮影できたんです。 8時11分の撮影です。 日の出が6時50分ですから、すでに太陽がのぼり、したがって薄い(?)月になりました。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 白黒で表現してみました。この月にはこのほうがあってるかな。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 2月15日。 でっかい笠雲です。富士山の裾野から撮影していれば面白い写真になったかなあ(?)

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 2月26日。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 3月9日。この日は風が強く雪煙が見事でした。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 3月9日。我が家でもダイアモンド富士が撮れるんです。 ただし、この日は雲が多すぎ。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 4月16日。少しかわいい笠雲です。 よく笠雲ができますが、なかなか迫力のある写真にはならないですね。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 5月3日。雪が大分溶けてきました。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 富士山噴火!とあわててカメラを持ち出しました。 そう思えるような雲が出ていました。5月4日です。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 6月24日。アンパンマン笠雲。 この頃から気温が暑くなり湿度が多く、したがって雲があり、富士山は霞んでしかみえません。その代わり雲が赤く燃える回数がふえてきました。

2024年8月3日

今年の富士山(自宅での撮影)

 今回の最後の写真です。7月27日。真っ赤な雲が印象的です。同じ場所からでも違った表情の富士山を観察できました。

2024年8月3日

巨大怪獣現る(新東名河内川橋)

 久しぶりにブログを書きます。連日の暑さでやる気が起きません。 これでは駄目だと、気になっていた河内川橋に行ってきました。数年前からこの巨大大橋がどうなるものかと気になっていたのです。 2027年新東名完成予定ですすめられています。左側の橋梁のある山が現在の都夫良野トンネルのある山です。

2024年7月31日

巨大怪獣現る(新東名河内川橋)

 右側の橋梁がこんな感じです。高さ120m 30階建てのビル相当です。 風で飛ばされて亡くなった人もいるようです。左右から伸ばしてきて最後に合体します。

2024年7月31日

巨大怪獣現る(新東名河内川橋)

 現在はこんな感じです。もうすぐという感じですが、なんのなんの。 左右から伸ばしてきて合体するやり方は「バランストアーチ橋」というらしいですが国内最大級です。

2024年7月31日

巨大怪獣現る(新東名河内川橋)

 なかなか巨大さを写真では表現できないので説明していきたいと思います。まずこの無数の赤い鉄骨で組まれた部分に注目してください。鉄骨の台の上に白い鉄骨で囲われた舞台のような部分があります。ここを拡大してみます。

2024年7月31日

巨大怪獣現る(新東名河内川橋)

 舞台の囲いが大体の人の身長です。この高さから全体を推測してください。

2024年7月31日

巨大怪獣現る(新東名河内川橋)

 もう一枚の写真ですが、赤い鉄骨の左側の斜め部分にある白い舞台のようなものを見てください。これが資材や作業員を運ぶ巨大ケーブルカーなんです。これが上下に移動するんですね。 さらにアップします。

2024年7月31日

巨大怪獣現る(新東名河内川橋)

 これがそれ。これ全体が上下に移動するんです。こんなに人が乗っていました。「ぶったまげたなー。」 いかがでしたか。人間の力は恐ろしいと実感した瞬間でした。

2024年7月31日

屋上の草花

 このブログで3月31日と5月25日に屋上の草花をアップしました。その続きで最近の状況を載せてみます。  これは4月20日に撮影したものですが「ナニワノイバラ」のアップ写真がありましたので掲載しました。

2024年6月11日

屋上の草花

 これ以降は本日撮影したものです。まずピンクのカラーです。 前にも書きましたが、今回は球根がやせ細っていたので期待していなかったんです。ところが計7本の花が咲いてくれました。すでに2本は切り花として部屋に飾ってあります。

2024年6月11日

屋上の草花

 カラーのアップ写真。 花芯だけにピントを合わせています。 きれいですね。 

2024年6月11日

屋上の草花

 クリーピングタイプの「タイム」です。 これもアップです。 

2024年6月11日

屋上の草花

 もう一枚タイムです。花の数が増えつつありますが、満開はまだまだ先です。 

2024年6月11日

屋上の草花

 「ヒューケラ」の花をアップで撮影しました。

2024年6月11日

屋上の草花

 この前紹介した「ガザニア」と「ヒデンス」。冬を越してだんだん元気になっています。 

2024年6月11日

屋上の草花

 青りんご

2024年6月11日

屋上の草花

 あかりんご。新芽が元気に10センチメートル以上に伸長しました。 

2024年6月11日

屋上の草花

  2つ合わせた写真。

2024年6月11日

屋上の草花

 「マツバギク」。今はこんな感じです。 前回、友達から名前を教えてもらいました。

2024年6月11日

屋上の草花

 我が家の野菜畑全景。 

2024年6月11日

屋上の草花

 ほうれん草です。もう2回ほど間引きました。 間引き菜は、もちろん美味しかったですよ。 

2024年6月11日

屋上の草花

 大根ですね。これも間引いて食べています。非常に元気ですが、まだ万年筆程度の太さですね。あまり長くない品種を植えたんですが、最後までいかないうちに食べてしまいそう。 

2024年6月11日

屋上の草花

 人参です。この間引きもきざんでパセリのように使っています。 

2024年6月11日

屋上の草花

 ミニトマト元気です。 

2024年6月11日

屋上の草花

  ミニトマトですが実がいっぱいなっています。風よけのためにネット設置してありますが、この前の強い風で茎がポッキリ。2本仕立てにしていたんですが2本とも。いいテープが手元になかったので人間用のカットバンで補修。見事に退院できました。

2024年6月11日

屋上の草花

  ピーマンです。結構なっています。 実は15センチメートルくらいになるそうですから、これから期待しています。ピーマンの種って美味しいのをしってましたか。

2024年6月11日

屋上の草花

 ピーマンの横に植えたパセリ。重宝しています。 

2024年6月11日

小田原城 花菖蒲とあじさい

 三淵邸見学の後、まず腹こしらえです。小田原駅前に数年前つくられた「みなか駅前」です。 レストランや土産物などが集合しています。 

2024年6月9日

小田原城 花菖蒲とあじさい

 その一角につくられた二宮尊徳夫婦の銅像です。 我々の子どもの頃にあった尊徳像と大分違います。 薪を背負って運びながら勉学に励む尊徳像は子供を酷使しているとの批判で小学校の校庭から撤去されたようですが。これぐらいいいと思うのですがね。

2024年6月9日

小田原城 花菖蒲とあじさい

 駅前から10分ほどで小田原城につきます。 最初に迎えてくれるのが、このあじさいです。白いあじさい、「アナベル」だと思うのですが。

2024年6月9日

小田原城 花菖蒲とあじさい

 これが堀跡につくられた花菖蒲園。城の斜面にあじさい。

2024年6月9日

小田原城 花菖蒲とあじさい

 斜面のあじさいも色とりどりで素晴らしい。

2024年6月9日

小田原城 花菖蒲とあじさい

 別の角度からの花菖蒲とあじさい。

2024年6月9日

小田原城 花菖蒲とあじさい

 この上の方に天守閣があります。

2024年6月9日

小田原城 花菖蒲とあじさい

 きれいでしょう。

2024年6月9日

小田原城 花菖蒲とあじさい

 もう一枚。

2024年6月9日

小田原城 花菖蒲とあじさい

 水面に写った花菖蒲。

2024年6月9日

小田原城 花菖蒲とあじさい

 もう一枚。以上楽しんでいただけましたか。

2024年6月9日

小田原城 花菖蒲とあじさい

 最後に小田原攻めの看板です。難攻不落の城もここまで囲まれると、さー大変。左下、山の上にあたるのですが、豊臣秀吉。千利休を連れて高みの見学ですからねえ。左に離れて徳川家康。何か複雑でした。以上報告を終わります。

2024年6月9日

朝ドラ「虎と翼」 甘柑荘に行ってきました

 小田原に、朝ドラ「虎と翼」の主人公猪爪寅子のモデルとなった三淵嘉子の別荘があります。 この時期だけ開放すると言うことで見学に行ってきました。  閑静な住宅街で入口のこのスロープを上ったところに邸宅があります。

2024年6月8日

朝ドラ「虎と翼」 甘柑荘に行ってきました

 この建物がそれです。  ちょっと言い訳をしておきますが、私は漫画の聖地巡礼というのを非常に馬鹿にしております。 今回のものは、歴史に触れてみたかったということで、聖地巡礼ではありませんのでよろしく。

2024年6月8日

朝ドラ「虎と翼」 甘柑荘に行ってきました

 前庭からみた別荘です。 これだけの大きさの平屋建てです。  この建物は初代最高裁裁判長になった三淵忠彦が建てた別荘です。 三淵忠彦というのはドラマの中では、人事課長の桂場(松山ケンイチ)と思われます。

2024年6月8日

朝ドラ「虎と翼」 甘柑荘に行ってきました

 玄関を入ってみます。

2024年6月8日

朝ドラ「虎と翼」 甘柑荘に行ってきました

 玄関の土間。切り株で土間を構成しています。

2024年6月8日

朝ドラ「虎と翼」 甘柑荘に行ってきました

 内部ですがこれがほぼ全てです。これに風呂場とか台所がついていると思われます。 「一切装飾のない家」ということで設計されたそうです。 史実どおりドラマが展開すると、寅子はこの別荘の持ち主、三淵忠彦の息子と再婚します。その息子も奥さんを亡くしたそうで再婚同士ということになります。  寅子(三淵嘉子)は裁判官になったあと地方への単身赴任が多く、関東に帰った場合などには家族がこの甘柑荘によく集ったそうです。

2024年6月8日

朝ドラ「虎と翼」 甘柑荘に行ってきました

 この部分が床の間にあたるんでしょうか。ここで団らんしていたんだと思います。

2024年6月8日

朝ドラ「虎と翼」 甘柑荘に行ってきました

 奥の部屋です。

2024年6月8日

朝ドラ「虎と翼」 甘柑荘に行ってきました

 裏庭。

2024年6月8日

朝ドラ「虎と翼」 甘柑荘に行ってきました

 そして前庭に面した縁側です。非常に簡素ですが落ち着ける別荘だと思いました。蜜柑の木が多くあり、恐らくそれが別荘の名前の由来になっていたんでしょう。  多少、ドラマのネタバレも書きましたが、その通りに進むかどうかわかりませんので。 それと聖地巡礼ではないと書きましたが、本来の目的は小田原城の花菖蒲とあじさいを見るのが目的でした。このあとそちらに向かいます。その写真は後日紹介いたします。

2024年6月8日

大磯海岸

 今日のネットニュースで鳥取砂丘の「ハマヒルガオ」の写真を見つけました。 大磯海岸の「ハマヒルガオ」はすでに終わってるだろうと思いましたが、カメラを持って出かけることにしたんです。 台風1号の余波で大波が恐ろしい感じで迫っています。 江の島が確認できますか。

2024年6月1日

大磯海岸

 もう一枚荒波の写真です。

2024年6月1日

大磯海岸

 すでにハマヒルガオはありませんでした。こんな2m程度のものが流れ着いでいました。 もしかして飛行機の部品かと心配しましたが、たぶん地下の電気配線のための管だと思います。

2024年6月1日

大磯海岸

 子供みたいに除いてみましたが、別段面白くもありませんでした。

2024年6月1日

大磯海岸

 「ハマボウフウ」です。 刺し身のつまとして美味しそうなんですが、採取は禁止されているので我慢我慢。

2024年6月1日

大磯海岸

 片隅に残っていた「ハマヒルガオ」です。

2024年6月1日

大磯海岸

 2年前に撮影した「ハマヒルガオ」です。

2024年6月1日

夕暮れの富士山

  久しぶりで富士山の写真です。大したものではないんですが、夕焼けがきれいでした。これは5月17日撮影です。

2024年5月27日

夕暮れの富士山

  と思ったら今日(5月18日)も夕焼けが。

2024年5月27日

夕暮れの富士山

 ということで、これも5月20日の富士です。 なんとなく続けて薄雲があり、夕方には富士山がみえるというパターンです。

2024年5月27日

夕暮れの富士山

  5月22日も。梅雨前線の予告でしょうか。

2024年5月27日

夕暮れの富士山

  5月23日も。同じような写真を何枚も見せられて起こられそう。しかし、不思議な天候がつづきました。

2024年5月27日

屋上の草花

  今日も屋上の花を紹介します。 「ジギタリス」の花が咲きました。 2本と思っていたら3本咲いてくれました。 「アプリコット」です。もともと「アプリコット」というのは「あんず」らしいんですが、あんずとピンクの合わせた色ですかね。上からだんだん色が濃くなって、グラデーションがなんとも言えません。 根に毒があるのでもともとヨーロッパでは嫌われていたのですが、今ではガーデニングに欠かせない花になりました。 日本の彼岸花みたいな運命だったのかなと思っています。

2024年5月25日

屋上の草花

 「銀盃草」です。咲き始めてくれました。 元は箱根の湿生花園で見つけ、どうしても欲しくなってネットで購入したものです。これから少し長期間、順次咲いてくれます。

2024年5月25日

屋上の草花

  このピンクの花、よく見かける花ですが名前を知りません。暑くなるに従い絨毯のように咲いてくれるので好きな花です。 このブログを見てくれた友達がこれは「マツバギク」だと教えてくれました。加筆します。

2024年5月25日

屋上の草花

  ここで紹介したいのは左端にある「アサギリソウ」です。この葉の色、なんて呼べばいいのでしょうか、勝手に「銀緑色」と呼んでいますが、素晴らしい色です。絵の具でこの色をだそうとすると絶対無理でしょうね。

2024年5月25日

屋上の草花

  「ヒューケラ」です。ここで見ていただきたいのは 左のヒューケラではなく、右下の「ヒューケラ」の花です。 小さな花が素敵です。

2024年5月25日

屋上の草花

  「ナスタチューム」。これより大きくなってくれると思います。 食べることのできる花として有名ですが、まだ食べたことがありません。今度チャレンジします。

2024年5月25日

屋上の草花

  「ガザニア」の一種です。 一年草と書かれていたんですが、昨年咲いてくれて、今回冬越しに成功です。

2024年5月25日

屋上の草花

  「ガザニア」の右にある「ヒデンス」という花です。この花も一旦すっかり枯れたようになり、また咲き始めてくれました。

2024年5月25日

屋上の草花

  ピンクのカラーです。 ここに持ってきたときはやせ細った球根になっていましたので今年は咲かないと思います。来年が楽しみです。

2024年5月25日

屋上の草花

 この前紹介したミニリンゴです。ミニと言っても少し大きいものを期待しているんですが。新芽が出たとき春の嵐に見舞われて葉が駄目になると思ったのですが、さすがりんご、元気な葉っぱに成長しました。北の大地でも生き抜くようにできていると感心しています。

2024年5月25日

屋上の草花

 みかんです。あまり元気がないんです。安い苗を買ってきたせいだと思っていました。 ところが土を掘り起こすと白い幼虫(コガネムシの幼虫?)がいっぱい。駆除したので元気になってくれるでしょう。

2024年5月25日

屋上の草花

  去年植えたブルーベリー。花の段階から鳥が食べるので防鳥ネットを かぶせました。ネットのせいで受粉がうまくいってないかも。 難しいですね。少しは小鳥に与えないと。

2024年5月25日

屋上の草花

 ここからは実用的に「ほうれん草」。

2024年5月25日

屋上の草花

  大根。

2024年5月25日

屋上の草花

  「人参」。これは発芽させるのが難しいです。

2024年5月25日

屋上の草花

  ミニトマト。

2024年5月25日

屋上の草花

  ピーマンです。毎日点検していますので、昔のように失敗しないで収穫できると思います。いい季節になりました。今年も頑張りましょう。

2024年5月25日

低緯度オーロラ(2015年ニュージーランドで撮影)

  昨日の低緯度オーロラのニュースで昔の写真を思い出し、引っ張り出してきました。2015年、世界中で一番きれいな星空と言われているニュージーランドのテパコ湖でのものです。 私は天の川の撮影をしたいということで、一人宿泊場所を抜け出し、テパコ湖の南側の真っ暗い運河の付近に出かけ撮影しました。その時の写真がこれです。かってこのブログに載せたと思います。

2024年5月14日

低緯度オーロラ(2015年ニュージーランドで撮影)

  もう一枚。  低緯度オーロラがニュージーランドで見ることができるらしいという話は知っていました。しかし、そのときはこれが低緯度オーロラとは思いませんでした。「やけに赤く写るなー。あの先に確か軍の施設があった筈。」ということで、そこから出ている光だと理解していたんです。 何年かあとに思うところがあって、二ユージーランドによく出かけるカメラマンに見てもらったら、まさに「低緯度オーロラ」でした。

2024年5月14日

低緯度オーロラ(2015年ニュージーランドで撮影)


ついでにテパコ湖の畔に建つ「善き羊飼いの教会」と天の川の写真も掲載します。この時も右下にオーロラが赤く見えていました。
 
 
 

2024年5月14日



低緯度オーロラ(2015年ニュージーランドで撮影)

  天の川の写真も掲載します。天の川の上から3分の1あたりにある黒い四角形(?)がわかりますか? 「コールサック」と言われる暗黒星雲です。日本語では「石炭袋」と呼ばれています。その左側にくっつくように「南十字星」が見えています。 宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の終着駅がこの南十字星です。そしてこの「石炭袋」が墓場と言うことになります。 始発駅が北半球の「はくちょう座」です。はくちょう座の尾の付近の星を「北十字星」とも言われるのでここが始発駅です。したがって銀河鉄道はこの銀河の上の方から、この南十字星の終着駅 にすすんでくるのですね。

2024年5月14日

春本番(屋上の花たち)

 奈良二月堂のお水取りが終わって天気が安定するかと思ったら寒かったり暑かったり。 やっと、昨日今日暖かくていい気候になりました。   屋上の花たちも、心配しながら、ようやく芽を膨らませて来ました。  最初のモクレンは屋上ではないし、何日か前の写真です。 狭いところで可愛そうですが今年もよく咲いてくれました。 美しい花なんですが、ヒヨドリの餌食になって、すぐだめになってしまいます。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  この花は『クリーピングタイム』です。 ピンクの花で地面を覆ってくれます。 タイムの香りで包んでくれます。 ネットで購入して伊豆に植えていたんですが、草の間から救出してこちらの鉢に持ってきました。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  『ジャノメエリカ』。昨年購入してまだ30cm程度ですが、冬の花がらの間から新芽が出てきました。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  『ラベンダー』。これも伊豆から救出してきたものです。 樹形は良くないですが、花が咲いたら長い枝をカットしようと思っています。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

 『ジギタリス』です。 平坦な庭に縦の構図を作ってくれるので好きな花です。 この写真の真ん中に花の芽を出してくれる予定です。 今回は2本でそう。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  この草花、以前、名前を教えてもらったんですが、忘れてしまいました。 冬の間も枯れそうだったのですが がんばりました。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  『カランコエ』です。 寒さにも強く、放ったらかしでも咲いてくれます。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  救出してきた『ボケ』です。 こんなに大きな花だったんですね。 よく見るのは丸い小さな蕾でしたので、こんなに大きな花になるとは。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  昨年秋に購入したミニリンゴの『めいちゃんの秘密』です。 上に2-3mのびるが横には広がらないのでスペースを取らないらしい。 ミニと言ってもうまくすれば、祭りで売られているりんご飴くらいの大きさになるそうだ。 少しずつ芽が膨らんでやっとここまで。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  『めいちゃんの瞳』の夫にあたる『ボレロ』という品種です。受粉樹として植えました。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  これも名前を忘れました。 草の下で訴えていたものを救出してきました。 しっかり花を付けていました。葉も元気になりました。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  『アサギリソウ』です。 銀の葉っぱが美しいです。 いつもは冬越しできないんですが、今年は完璧です。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  この名前もわかりません。 いつも地上部分は完全になくなります。 花は咲きませんが新緑は素晴らしいですね。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  『フェスティバル』という名前のブルーベリーです。 昨年の秋に植えました。 一つの芽の部分にこんなに花が咲くんですね。ここまでくると沢山の実がなるように思うのですが、最初のうちは数えるほどしか実がならないのかという気がしていました。受粉樹に『プレミア』という品種を植えています。 これからは鳥との戦いに移行します。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  『ジャノメジャスミン』です。 昨年、少し根っこの部分を持ってきたものです。花芽がついてきました。 香りが少し強いですが、嫌いな香りではないので楽しみです。これで日陰を作ります。できる前から『ジャスミン Shade』と名付けています。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

 『ナニワノイバラ』。 一昨年の秋に奈良の友達に枝をもらって挿し木をしました。 見てください。花の蕾がもう出てきました。 楽しみですね。

2024年3月31日

春本番(屋上の花たち)

  最後は我が家の『ジジ』です。 今日は暑いので日陰でくつろいでいました。

2024年3月31日

今日の富士山

 今日は富士山がきれいです。 自宅から見た富士山、雪煙が舞い上がり綺麗です。

2024年3月9日

湘南平と富士山

一昨日になりますか、いい天気に浮かれて大磯町と平塚市の間にある湘南平に行ってきました。 以前も紹介したような気がしますが、あらためて、スマホで撮影した写真を紹介します。 車で上ると平らな部分があり、その一角に河津桜が咲いていました。この公園、ソメイヨシノが有名ですが、まだつぼみが固いですね。

2024年3月1日

湘南平と富士山

一番高いところにこの展望台があります。ここにはレストランもあります。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 展望台の上から見た湘南平です。左下に先程の河津桜。奥の方にテレビ塔。今、修復中のようです。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 展望台の上に、愛を誓って恋人同士が鍵を付けます。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 ちょっとアップで。

2024年3月1日

湘南平と富士山

それではそこからの展望です。西から行きます。まず、小田原のまちとそのむこうに箱根です。二子山が見えますが、その山の向こうが芦ノ湖です。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 南側にまわっていきますが、伊豆半島です。一番高いところが伊豆半島の背骨、天城連山。左におりていくと大室山、小室山が見えていますが、わかるでしょうか。

2024年3月1日

湘南平と富士山

更に南側に回ると伊豆大島。手前のまちが大磯の右半分です。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 大島をアップしました。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 眼下の大磯港。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 東側に回ると房総半島です。先端は房総半島ですが、途中、高低差があるので、三浦半島が見えたり房総半島が見えたりします。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 更に回ると三浦半島の付け根へ。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 江の島が見えていると思います。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 その方向の足の下、大磯の東側とその東が平塚市です。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 更に北の方向に回ります。平塚市です。平塚市は、このように湘南平の後ろ側(北側)につながっているので広い面積がありますが、大磯はこの山の海側だけです。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 大体、真北の方角です。信仰の山、大山(おおやま)があります。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 大山を更に左に(西側)にまわります。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 更に西側に、富士山が。

2024年3月1日

湘南平と富士山

 白いベールの富士山をアップします。 自慢の湘南平の紹介でした。

2024年3月1日

今年も諏訪湖の御神渡りはありません(2018年2月撮影)

「諏訪湖(長野県)の氷がせり上がって筋状に湖を横断する「御神渡(おみわた)り」の出現に備え、湖面観察を続けてきた八剱(やつるぎ)神社(諏訪市)の宮坂清宮司(73)は立春の4日、「これ以上(の結氷を)望むことはできない」と、御神渡りがない「明けの海」を宣言した。」 このニュースがありました。 私が過去に撮影した写真を探してみました。

2024年2月5日

今年も諏訪湖の御神渡りはありません(2018年2月撮影)

6年前撮影のものです。御神渡りは6期連続でなかったと書かれてますので、私が撮影したのは最後の一年前の写真でしょうか。

2024年2月5日

今年も諏訪湖の御神渡りはありません(2018年2月撮影)

あれからもう6年です。 時間の流れが早かったのか遅かったのか。 朝日が昇る方向に富士山が写っているのがわかりますか。

2024年2月5日

今年も諏訪湖の御神渡りはありません(2018年2月撮影)

厳寒の湖畔で一夜を明かしたことを思い出します。 この年になるとあの寒さに耐える気力はありません。

2024年2月5日

月面着陸

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の世界5カ国目の月面着陸成功でしたが太陽光発電が機能しませんでした。探査機「SLIM(スリム)」が傾いた状態で着陸したためです。半分諦めていたんですが、期待通り太陽の位置が変わって発電を開始したという嬉しいニュースが飛び込んできました。 約3年前に私が撮影した写真を見返したところ、ちょうど着陸地点が写っていました。地球側からみたら左側に見えるうさぎの耳ですが、この広い部分が「神酒(みき)の海」で、その左側のテオフィリスというクレーターのすぐしたにある「SHIOLI(栞)」というピンポイントだそうです。 おめでとうございます。

2024年1月29日

太陽柱

すごい黒雲がでていたのでカメラを持ち出しました。未知の惑星から地球を侵略に来た宇宙戦艦みたいでした。

2024年1月23日

太陽柱

しばらくすると、みごとな「太陽柱」が。 サンピラーです。 風のない状態で空気中に浮遊する氷の結晶に光が反射して、このように見えます。 寒い地で見られるダイアモンドダストに光が反射してできるサンピラーと少し違うようですが、基本は同じ現象だそうです。

2024年1月23日

「日の出と富士と」(YouTube)


早朝の空が澄み渡り、それに誘われて日の出と富士山の映像を2台のカメラに収め動画をつくりました。YouTubeに投稿しましたので見てください。
  ここをクリックして見てください。
  

         2024年1月21日



お酒はぬるめの燗がいい

今日は八代亜紀を偲んで燗酒にしました。(本当はヒヤで飲みました。)イカがなかったので残っていたスルメです。

2024年1月16日

今日の富士山(大磯から)

少し能登の話がつづきました。 今日は昨日の雪で薄化粧をした富士山の写真を掲載します。

2024年1月14日

今日の富士山(大磯から)

雪が降ったとはいえ今年の雪はこの程度です。写真としてはいいのですが、純白とまではいかないようです。

2024年1月14日

これも2018年1月の能登 珠洲市「見附島」通称「軍艦島」

私の好きな島でした。軍艦島です。気になってネット検索しました。やっぱり私と同じ思いで、震災後の島を撮影されていました。(無断借用ですみません。)  残念ながらもうあの威風堂々とした軍艦ではありません。もうあの姿は二度と人の目に見えることはなくなりました。言葉もありません。

2024年1月12日

これも2018年1月の能登 珠洲市「見附島」通称「軍艦島」

もう一度ここに掲載して、昔の姿を忍び記憶に残しておきたいと思います。

2024年1月12日

これも2018年1月の輪島 「総持寺祖院」

これも6年前の写真です。輪島市ではありますが、少し金沢に近い「総持寺祖院」です。2018年1月18日付けの私のこのブログに載せたものと同じものです。  その時は軽い旅行気分で掲載したのですが、今日は重い気分で、一日でも早く復興することを願って再掲します。  まず、門をくぐり左側に見えるのがこの「経堂」です。

2024年1月11日

これも2018年1月の輪島 「総持寺祖院」

経堂の中にはこの輪経というのがあり、この中に大蔵経334巻が奉納されています。これを一回まわすことで、この334巻すべてを読んだことになるそうです。この建物も大火からは免れたそうです。

2024年1月11日

これも2018年1月の輪島 「総持寺祖院」

「大祖堂」だそうです。 この祖院,700年ほど前にこの地に瑩山禅師というかたが開祖されました。明治になって大火にみまわれ、ほとんどが消失しました。それがきっかけで、更に教えを広めようと横浜市の鶴見に移転します。 石原裕次郎の墓所としても有名な鶴見の総持寺です。 その時、この地にも残そうということで、一番最初に復元されたのがこの「大祖堂」だそうです。この建物に重そうな扉が設置されていますが、正門につけられていたものです。火災をのがれたため、ここに移設されたそうです。菊の御紋がみえます。

2024年1月11日

これも2018年1月の輪島 「総持寺祖院」

「大祖堂」の彫刻を拡大しました。禅宗でこれだけ彫刻があるのは珍しいそうです。下の段が龍です。龍は何者にもとらわれないという自由の象徴だそうです。その上が、鳳凰か孔雀。一番上が鶴と亀、何年も続くように。そして角の彫刻がばくですか。この建物を守っています。

2024年1月11日

これも2018年1月の輪島 「総持寺祖院」

訪問時、この山門の修復が行われていました。

2024年1月11日

これも2018年1月の輪島 「総持寺祖院」

山門の奥にある「仏殿」です。と思ったんですが、調べると「大祖堂」の内部でした。工事中の内部を通ったのでわからなくなりました。(言い訳)

2024年1月11日

これも2018年1月の輪島 「総持寺祖院」

見事な水墨画がありました。

2024年1月11日

これも2018年1月の輪島 「総持寺祖院」

最後は、瑩山禅師の墓所です。これも大火からのがれたということです。 ニュースを見ると、この祖院もかなり被害にあったようです。内部の状況まではニュースで確認できませんが、やっぱり被害にあったということです。 そのニュースを見て早い復興を願って、このブログに再掲することにしました。

2024年1月11日

能登輪島 白米千枚田 もとに戻せるんだろうか。

未曾有の大地震です。相当ひどい地震だと思ったのですが、救出活動が進むにつれて想像を絶するものとなってしまいました。 6年前の写真を見ながら祈っています。

2024年1月9日

能登輪島 白米千枚田 もとに戻せるんだろうか。

白米千枚田です。ここの駐車場への道も分断されたようで、何日か経ってから道の駅にヘリコプターがおりて観光客を救出していました。

2024年1月9日

能登輪島 白米千枚田 もとに戻せるんだろうか。

この写真の千枚田も土手のいたるところに亀裂が入り、元の水田に戻すには相当な年月を要するでしょう。土手が復元できても、その間に土地は痩せるんだと思います。

2024年1月9日

能登輪島 白米千枚田 もとに戻せるんだろうか。

救出活動や復旧作業は急ピッチですすめていただいていると思います。離れた土地で見ているだけで申し訳ないとは思いますが、もっともっと復旧作業お願いしたいです。 

2024年1月9日

ばら星雲

これは今年1月5日に撮影したバラ星雲です。過去に何度か撮影しましたが、今回のものは比較的うまく撮れたようです。オリオン座の近くにあって、現在比較的撮影しやすい位置にあります。 特定の波長だけを通すフィルターを使うので地上の光に影響されないで撮影できます。自宅で撮影できるのがいいですね。

2024年1月8日

冬の花

昨年(2023年)の1月1日に富士山を撮影した付近で撮った花の写真です。 椿が綺麗でした。

2024年1月7日

冬の花

過去の写真を整理しながら掲載したいと思います。掲載するような写真でもないんですが、捨てたくもないんで載せます。

2024年1月7日

冬の花

これも椿です。(見りゃわかるか)いや、サザンカかな?

2024年1月7日

冬の花

ハマギクだと思って確認のために調べたらハマギクではないみたい。もっか名前不明。

2024年1月7日

箱根駅伝

1月2日は駅伝の往路。3日は駅伝の復路です。何年かはコロナで応援も自粛しましたが、今年はいずれも応援に参加。観客も多かったです。今日は復路の写真です。これは一番通過の青山学院。

2024年1月5日

箱根駅伝

往路、青山学院がすばらしい成績だったので、復路は15校が一斉スタート。おかげでこの7区でも分散しないで、何組かが接戦するという面白い写真が撮れました。

2024年1月5日

箱根駅伝

 もう一枚です。話は変わりますが、私のいる場所はいつもテレビのコマーシャルが入るので、今年も私はテレビ出演できませんでした。

2024年1月5日

正月早々大変なことが起こってしまいました。

石川県を中心に北陸の皆さんが大変な地震におそわれています。救助活動も遅れて、大変な状況です。 なんといって言っていいのか言葉が見当たりません。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするだけです。  加えて羽田空港でも事故が起こりました。2024年の厳しい幕開けです。

2024年1月3日

正月早々大変なことが起こってしまいました。

今回掲載したのは2018年1月に訪問した輪島の朝一の写真です。このあたりも焼野が原になってしまいました。

2024年1月3日

初日の出(撮影日2024年元旦)(YouTube)


元旦撮影の初日の出の動画を投稿しました。YouTubeに投稿しましたので見てください。
  ここをクリックして見てください。
  

         2024年1月2日



 2024初日の出 大磯海岸

 早朝に撮影してきました。    昨年はブログさぼりましたが、今年はゆっくりではございますが、がんばってみたいと思います。   よろしくお願いいたします。

2024年1月1日

  明けましておめでとうございます


   本年もよろしくお願い申しあげます

2024年元旦